堀川と四間道の間の通りは「美濃路」だった
「みの路」は焼き鳥屋さんの名前だと思っていた。
美濃路は江戸時代、東海道宮の宿(熱田区)と中山道垂井宿(岐阜県垂井町)をつぃないでいた道で、堀川と四間道の間の大船町通(地図のオレンジ色の道)は、美濃路だったそうです。


江戸と京、大阪を結ぶ道としては東海道、中山道が有名ですが、東海道には「七里の渡し」と「鈴鹿峠」、中山道には「木曽路」などの難所があったため、東海道宮の宿(熱田区)と中山道垂井宿(岐阜県垂井町)をつぃないでいたこの美濃路がよく利用されていました。
大船町通の五条橋付近に「美濃路」の道標があります。



江戸時代、名古屋城下には三か所の大木戸(城下の治安を守るために設けられ、夜間は閉鎖されていた木戸)があり、そのうち橘町大木戸(中区)と樽屋町大木戸(西区)は美濃路にありました。
名古屋にとって美濃路は重要な路だったのですね。
今は四間道とはちょっと違って、新しいビルがあり車が多く通っています。古い家屋として、伊藤家住宅が存在感を出しています。
伊藤家は慶長19年(1614年)に移住した清須越十人衆の商人で松坂屋の伊藤家と区別して川伊藤家と呼ばれます。堀川端の川岸蔵、居宅、四間道に面した家財蔵と3種類の建物が残り、堀川商家の典型を残すものとして貴重です。
江戸時代の住居と元禄期の防火建築の典型の土蔵は、昭和62年(1987年)に愛知県指定文化財に指定されています。


ただ、現在は改修工事中で中には入れません。早く公開されるようになるといいな。
伊藤家住宅の前にも古民家があります。
夜になると暖簾がかかり、「圓谷」という蓬莱泉の酒バーになります。


落ち着いた古民家で、おいしいお酒と肴!最高です。