劇団張扇「声・こえ・声」公演

ピースボート第86回乗客による劇団張扇の2か月半にわたる成果を発表する「声・こえ・声」公演が行われた。
第1部 講談
第2部 朗読
個人や群読を取り混ぜ、熱演。
最後に北原白秋の「お祭り」で盛り上がって終了。
多くのお客様が観て、聴いてくれていた。中には「よかったよ!私も参加したかったなあ」と言ってくれた人もいた。
劇団張扇公演

船が動いていない!!

夜明けまでには、まだ間のある時間に目覚ましで起こされ、半分朦朧とした状態で、電気をつけるが、つかない。
トイレの電気もつかない。
妙に静かだ。
常にしているエンジン音がしない!
廊下に出てみると、非常灯のみが点灯し、暗い。
周りの部屋の人たちも、ドアを開けて、「どうしたんだ!」と言い合っている。
水も出ない。
最悪の状態を考える。一番の問題はトイレだろうな。
エンジンの止まった船で漂流した人の話では、トイレが溢れて大変だったという。被災地と一緒だ。
到着が遅れたらどうしよう?電気がつかないということは、ネットも接続できないだろうな。どうやって連絡しよう?
ようやく明るくなってきたので、とりあえずデッキに出た。みんな不安げに話をしている。
厨房は、非常用電源があるようで、コーヒーは飲めるようになっていた。
コーヒーを飲みながら、時間をつぶしていると、船の煙突から煙が!
エンジンが動き始めたようだ。電気も回復。
水は茶色の水だが出るようになった。
しばらくして、「緊急メンテナンスのため、エンジンを止めていた。ご心配をおかけしました」と船内放送。「きっと、エンジントラブルだろう」
無事、日本まで帰り着けるか不安。
後10日間何とか動いてくれ!

ホニアラ(ソロモン諸島/ガナルカナル島)

最後の寄港地、ガナルカナル島ホニアラ。
太平洋戦争の日米激戦地、多くの戦死者を出したことで有名な島。
ピースボートは20年ぶりの寄港。戦後70年を記念しての寄港。
観光地ではない島。
船のデッキで、「親戚の家の庭の土を持ってきた。亡くなったであろう場所に撒いてきてくれと親戚に頼まれた」と話している方がいた。70年経っても、まだ戦後は終わっていない。
ガナルカナル島ホニアラは小さな港町といった雰囲気。
船の前では、歓迎の演奏。竹筒の楽器はペルー(アンデス)の楽器に似ている。
ツアーは、「戦跡めぐりと首都ホニアラ観光」。
マダカスカルと同じミニバス(今回は冷房あり)に分乗して出かける。
まず、日本の平和記念碑。花輪とお線香があらかじめ用意してあった。ピースボートのような客船でも日本から10日もかかる南海の島で、何故戦争。そこに送り込まれて無残に殺された人の無念さ。なだらかな山と海の景色が美しいだけに、悲しさがつのる。
平和記念碑には、
「愛情・信頼・勇気・知恵になぞらえた四基の柱
この地球上東西南北
あらゆる地点に等しい顔を向け遠心的な力を秘め
国家や人種や宗教の枠を超え
心をこめて愛と安らぎの復活をここに祈る」と、設計者の碑文があった。
次に、血染めの丘に行った。ここは、激戦の中、日本の兵士たちの血で丘が真っ赤になったというところ。慰霊碑にお線香を手向ける。普段は草がぼうぼうと大きくなっている所のようだが、日本から多くの人が慰霊に来るということで、急きょ草刈りをして、未舗装の道路はミニバスが通れるように道の両脇の木が刈ってあった。忘れ去られた場所なのだろうな。
ルンガ飛行場に回る。ガナルカナルの戦闘は、まず日本軍が来てルンガ飛行場の建設を始める。米軍がそれを奪おうとしての戦闘。そして日本軍敗退。ルンガ飛行場はヘンダーソン飛行場となり、現在はホニアラ国際空港。
米国の平和記念碑は、一番景色のよいところに建てられている。戦勝国の特権だ。
ガナルカナル島の人々はどんな気持ちだっただろう。
よそ者が勝手に来て、殺し合いをしていくなんて。やむを得ず米国側に手を貸した人は英雄となって像が立っている。それが戦争だよね。
戦争の遺物はあちこちにあった。予想していたよりは、片づけられてしまっている感があったが。
そして、ホニアラ観光。観光地でないホニアラはほとんど見るところがなかった。
昼食はお芋中心。タロ芋(里芋のおおきなもの)、さつま芋。主食は芋のようだ。
市場にも芋が一杯。
街を外れると、昔ながらの高床式の住居が多い。電線のないところを見ると電気は来ていないようだ。
よそ者の私たちに、子供たちが寄ってくる。子供たちの笑顔は素敵だ。
物質的に恵まれていないところの子供たちの方が、生き生きと感じられる。「豊かさとは何か」と、この航海で考えさせられた。
ガナルカナル-1
ガナルカナル-2
ガナルカナル-3
ガナルカナル-4
ガナルカナル-5
ガナルカナル-6
ガナルカナル-7

自主練習広場

通常、航路説明会などを行う大人数が入ることのできる講堂が、早朝は自主練習広場になっている。
打楽器サークルやハンドベルサークルなど、楽器演奏のサークルが練習を行っている。
ギター・ハーモニカ・トランペット・フルート・ヴァイオリン・三味線・お琴などなど、いろんな音があちこちから聞こえる。
私はオカリナを練習している。
いろんな音が入り混じっているので、へたなオカリナの音も気にせず練習できる。
楽器だけではなく、南京玉すだれやけん玉の練習をしている人もいる。
※南京玉すだれの写真は、たまたま「阿弥陀如来の五光」の形がうまくできたときのもの。
自主練-1
自主練-2

日付変更線通過

本日(19日)、船は日付変更線を通過する。
日付変更線を通過すると、日付は1日飛んで21日になる。20日は消滅してしまう。
船が西に進むにしたがって、「時間を戻してください」と1日が25時間の日がたくさんあった。それを1日進めることによって、一括返却する。
消滅日は世界一周でないと味わえない、不思議な体験だ。
でも若者たちは消滅ではなく、1時間で1日分を早回しで過ごす企画を考えているらしい。私は夢の中だけど。
日付変更線

劇団張扇ラストスパート

航海も終盤を迎え、劇団張扇(はりせん)の公演が近づいてきた。
内容は講談と朗読。
現在ラストスパート中。
出演者の部屋のドアには、宣伝のポスターが。手作り感が、まるで学祭。いいね。
同じ日には、社交ダンスの公演もある。
劇団張扇ポスター

朝焼け・夕焼け

船に乗ってから何回の朝焼け・夕焼けを見ただろう。
通常の生活の中では、じっくりとは見ない朝焼け・夕焼けを、毎日のようにデッキに出て眺めてきた。
雲は、毎回違った表情を見せてくれる。
残りの日数が数えられるほど僅かになってきて、さらにじっくり眺めていたいなあという気分になっている。
朝焼け・夕焼け

ボラボラ島(タヒチ)

サンゴ礁で囲まれた島ボラボラ島。「地上最後の楽園」とも言われ、憧れのビーチリゾートとして有名。
サンゴ礁の部分は、緑っぽい水色でそのグラデーションは刻々と移り変わり、それを見ているだけで時間を忘れそう。
船はサンゴ礁の切れ目(パス)の部分からサンゴ礁で囲われた内部まで入った。
ただ、大型船は着岸できないので、イースター島と同じく、船は沖合に停泊してテンダーボートで上陸。波が穏やかで、テンダーボートもちょっと大きかったので、救命胴衣も着けず、遊覧船気分で乗り込めた。
上陸地点もリゾート!
ツワーは特に取らず、フリー。
折角なのでビーチに海水浴に行く。
ホテルのプライベートビーチが多く、パブリックビーチはマティラ岬にあると言う。乗合タクシーで行く。
ビーチで海水浴の準備をしていると、地元の人が椰子の実を取って、椰子の実ジュースが飲めるように穴をあけてくれた。ほんのり甘かった。
ビーチは白い砂浜、水は透き通り緑っぽい水色、そしてずっと遠浅。そして椰子の木。
絵に描いたよう。
先に来ていた人から、「300mほど沖にサンゴ礁が残っていて、熱帯魚がいっぱいいる。歩いて行けるよ」と聞き、ビーチサンダルを履いたまま、歩いて沖へ。
耐水性のカメラでなかったのが残念。
黒っぽいサンゴの周りに水族館で見る、青や黄色、白黒縞々の魚たちが群がっていた。水中眼鏡を借りて覗いてみたら、本当にあざやかな色の魚たちだった。
近くには監視員がいて、サンゴに触れないように見張っていた。
水中ウォークで疲れた。本当に遠浅の浜だ。
後は、海を見ながら休憩所でのんびりしていた。
近くにインターコンチネンタル ル・モアナリゾート ボラボラというリゾートホテルがあり、覗きに行った。新婚さんに人気の水上コテージはパンフレットの様。1泊10万円という噂。
パブリックビーチは往復タクシー代が10ドル。すごくリッチな気分で帰ってきた。
ボラボラ島の寄港が終わり、残りの寄港地はガナルカナルのみ。
旅の終わりが近づいた気分を味わいながら、ボラボラ島を後にした。
ボラボラ-1
ボラボラ-2
ボラボラ-3
ボラボラ-4

パペーテ(タヒチ)

タヒチの首都パペーテに到着。イースター島に比べてしまうからかもしれないが、都会だ!
久々に歓迎の音楽が迎えてくれた。
南国の楽園。観光地だ。
ツアーは、「タヒチ島観光」。タヒチ島をぐるりと一周する。ガイドさんは日本人。通訳を介してではなく、直接日本語で説明してくれる。またこちらからも、いろいろ質問もできてよかった。
椰子、マンゴー、バナナなど南国の木々が一杯。パンの木は初めて見た。大きなパン木の実が実っていた。年間に200個ほどの実をつけるとのこと。味は芋に似ているらしい。家の庭にパンの木と、バナナの木があれば食べていけるそうだ。
まず訪れたのは、タヒチ博物館。昔の船の模型やモアイのお兄さんにあたるティキなどが展示してある。同じポリネシア文化圏。博物館にあったティキは高さ約3mの木製で、家の守り神とのこと。木製だけでなく、石で造ったものなどもある。
そしてマラエ(ポリネシア伝統の祭壇)、マナ(霊力)を高める儀式をしていたところ。山の懐のホットスポットだ。モアイに似たティキにもマナの霊力を与えていた場所らしい。
続いてバイパヒガーデン(植物公園)。日本では温室の中にあるPagoda flowerなど南国の花々が、普通に咲いていた。公園内を回っていた時、急にスコール。木陰で雨宿りしたがビショビショ。雨に濡れた水蓮は美しかった。
バスに乗り込む時には、もう雨は止んでいた。
島をぐるりと回り、波が激しく打ち寄せる場所に、アラホホの潮吹き穴がある。打ち寄せた波が、溶岩の岩にぶつかり入り込んだ海水が溶岩に空いた穴から逆噴射している。すごい迫力。音もすごい。
そしてパペーテの街が見渡せる、ビーナス岬。
パペーテの街に戻り、マルシェ(市場)に行った。タヒチはフランス領(現在は自治領)のため、公用語はフランス語。なので、市場はマルシェ。花屋さんが大きな場所を占めていた。何故か花束には熊のぬいぐるみが付いていた。
また雨が降ってきたので、カテドラル(教会)で雨宿り。カテドラルのステンドガラスは椰子の木になっていた。
ガイドさんが、「タヒチは観光に来るには素敵なところです。ただずっと住むのは大変。物価が高いから」と言っていた。消費税16%。一般的に物価は、日本の1.2倍ぐらいかな?
タヒチ-1
タヒチ-2
タヒチ-3
タヒチ-4
タヒチ-5
タヒチ-6

フラダンスと詩吟発表会

旅も残り3週間余りとなって、船内サークルの成果を発表する機会が増えてきている。
Aはパシフィック・ナイトのイベントの時に日頃のフラダンスの成果を披露した。フラダンスというより体操みたいだねと言われながら・・・手の動きを間違えないようにと思うと腰の動きは忘れ去られている。2カ月ではとても無理ね。
Yは詩吟発表会で、気持ちよく吟じていたように見えた。
フラダンスと詩吟